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Director

映像の外から違う要素を持ってくることで、
既存の世界観を飛び越えられる

くろやなぎ てっぺい
Teppei Kuroyanagi

原点は「道路工事」、師匠は「止まれのおじさん」


クロヤナギ監督の生い立ちをお伺いさせてください。
小学校の頃に転校した経験があって、新しい学校に行くと体操服やプールの水泳帽など持ち物が変わるじゃないですか。あと、ちょっとした方言なども一人だけ違ってしまう。これが嫌で、周囲になじませよう、溶け込ませようとばかり考えていました。今の仕事でいうと自分の個性を出すことって大事だと思うんですが、全く逆の道を突き進んでいました。
中学、高校と進学するたびに授業に興味がなくなって、赤点を12個くらい取って、追試も落ちて、追追追試くらいまでやって、みたいな…。三者面談で担任の先生に「お前はホームレスになる!」と言われたこともありました(笑)。

そ…そんな…!ちなみに高校卒業後はどうされたんですか?
大学には行かず、交通誘導警備のバイトを始めました。それまでは自分からなにか発信をしたりすることってなかったのですが、道路工事中の車の誘導で、旗をあげると車が止まってくれる。まるで自分が街をコントロールしている感覚になって、それってすごい多幸感で。

ある種ディレクションしているみたいな…。
警備員はディレクターですね。それで交通誘導警備をもっとチャレンジしたくて、一般道路だけではなく高速道路や列車の見張り員の資格を取ったり訓練にも行きました。高速道路は当然100km前後の車を誘導することになるので、かなり危険ですし、実際怖かったですね。列車は在来線が走行している時間帯で、列車が近づくと工事中の作業員を退避させる役目を担います。命の危険と隣り合わせといっても過言ではありません。非日常の緊張感と向き合いたい自分もいて、仕事はやりがいもあって好きでした。1年ちょっと無我夢中で働いて、気づいたら150万円くらいお金が貯まっていたので、一度警備員人生に区切りをつけて、それを持ってどこかで生活しようかな、なんて気楽に考えていました。

どちらに行かれたんですか?
漫画喫茶を家に見立てて、友達を呼んで豪勢に定食を振舞ったりしながら1年くらい生活しました(笑)。当時はまだネカフェ難民などの言葉がない時代。そんな気ままな生活をしているとき、ふと高校時代の担任の言葉を思い出したんです。「言われていた通り、僕ホームレスじゃん!」と。
貯金も使い果たしていたので、また道路(ストリート系)の仕事に戻ろうと考え、今度は道路表示の文字を書くラインマンとして働きました。道路表示の文字って、タコ糸でグリッドに書いていくんです。書く人によって個性があって、職人の技が光る。そこでめちゃくちゃいい「止まれ」を書くおじさんがいて。それに痺れて、僕ももっといい「止まれ」を書きたいと思いました。そこでタイポグラフィを学ぶため、22歳の時にデザインの専門学校に入りました。

そこからクリエイティブの方向に向かわれたのですね。タイポグラフィから映像にシフトしたのは、何かきっかけがあったのでしょうか。
名古屋の専門学校で学んでいたので、やっぱり東京のクリエイティブを見てみたいという気持ちがありました。で、まずワークショップに行ってみたんです。そこで出会ったのが映像作家の丹下紘希さんです。丹下さんのディレクションに触れて、作品の裏側にはつくり手の想いや哲学が詰め込まれていている事を肌で体感しました。
平日は学校に行って、週末は青春18きっぷを使って名古屋とワークショップがある東京を往復。ハードな期間でしたが、当時一緒に学んだメンバーが今はプロデューサーとして活躍していたり、丹下さんとも2017年に「Mr.Children DOME & STADIUM TOUR 2017 Thanksgiving 25」のライブミュージックビデオのお仕事をご一緒したりと、現在へと続く縁が嬉しい限りです。


大切にしているのは劣等感と初期衝動。
映像、放浪、音楽、バンド活動と思いのままに進む


デザイン「あ」をはじめとしたNHKのコンテンツやMr.Children、椎名林檎さんという著名な方々の映像、CMなど、クリエイティブ力を活かしたお仕事で「映像作家100人」にも選出されています。
映像の仕事は大好きだったんですが、一度29歳で映像の仕事をすべて辞めました。1〜2年、北米やアジアを放浪したかったからです。帰国後も映像に戻らず、ジャズの専門学校に入学しました。みんなアメリカの有名音大を目指しているような学校で、めちゃめちゃ意識が高い18歳・19歳の中、僕はまだピアノを指一本でやっと弾く程度。楽譜も読めないんです。

波乱万丈すぎます…。
最下層にいるという劣等感が快感なんです(笑)。あと初期衝動を大切にしているので、思考停止した状態で突き進んでいます。今日は左手がちょっと動いた!くらいの成長でも感動するくらい嬉しくて、夢中でのめり込みました。また1980YEN(イチキュッパ)というバンド活動を学校と並行して始めたのも同じ時期です。

その後東日本大震災が起きて、当時多くの人がそうだったように僕も無力感でいっぱいでした。今までの日常がまるで違った景色に見え、地震と共に自分の価値観も揺れ動きました。自分がやってきた表現も被災地では役に立たない。何かアクションしたいけど、どうして良いか分からない、そんな時に恩師でもある丹下紘希さんが映像仲間を集めて、NOddINというグループで活動を始めていました。その活動に感銘を受けて、自分も再度上京して「あいうえお作文RAP」というプロジェクトを始めました。

あいうえお作文RAPプロジェクト


「へいわをねがう」という7文字の言葉であいうえお作文し、一般の方がラップで歌い上げる企画ですね。
これまでに約90人の方を撮影しました。ほとんどの人が人生初ラップで、おじいちゃんとかが一生懸命挑戦してくれる瞬間に立ち会えるのがすごく幸せで。ある種ライフワークの様な感じですね。これを機にまた映像の世界への意欲が湧いてきました。


NHK連続テレビ小説『半分、青い。』オープニング映像は各方面からの評価も高く、実際に見ていて明るく楽しい気持ちになります。コンセプトはどのように考えられましたか。
まず、鈴愛という主人公がオープニングを手掛けるとしたら、どんなものを作るだろうか?クリエイターでもある彼女をオープニングに出して表現してもらうのがいいかもしれないと思いました。
あとは、純粋に『半分、青い。』の半分ってなんだろう?と思ったんですよね。実際は片耳を失聴した鈴愛を象徴するタイトルなんですが、僕は“現実と想像のはんぶんこ”というコンセプトを作りました。現実は慌ただしく忙しく、ときには厳しいですが、そこに想像がかけ合わさることで少しだけ日常が楽しくなる。そんな世界観をオープニングで出したいと考えて、ネガティブな事でもアイデアや視点も持つ事で世界が一歩前向きになるという事を60ページぐらいの企画書で提案しました。
TeppeiKuroyanagi
NHK連続テレビ小説「半分、青い。」

映像と音楽で描く世界観が
ロジックを超えた感覚に訴える


企画から関わることも多いと思いますが、アイデアの源は?
音楽を始めてから、音楽の理論が映像でも使えると思うようになりました。
企画書を書く時も楽譜を書くみたいな感じで、Aメロ・Bメロ・サビがある構成を意識します。いい楽譜(企画書)が出来るといいバンドメンバー(スタッフ)が集まってくるので、そこはこだわっています。
CMだと最初から企画書があったりするので、そのときは自分で音楽を作ったりします。まずCMの中の要素を歌詞に書いて、そこから世界観を作ると映像にしやすいですね。クライアントさんがゆるくなってくれる、と僕は表現するんですけど、音楽が色々な壁を超えてくれて、判断してもらうときにロジカルな部分をこえて感覚的になってくれる。だから、映像を頼まれているのにいきなり「ちょっと作詞してみました」とやることもあります。
企画書を作る時にフレームを外に持ってくるのが大事なのかなと思っていて、音楽も一つですし絵本にしてもいいし、違うものを入れると世界観言語が違ってても飛び越えられると感じています。

まさにその手法を活かしたお仕事を紹介してください。
イエローハットの案件で、ネコに響く映像を作ってほしと依頼がありました。笑 ネコの交通事故を啓蒙するビデオなのですが、まずはネコに見て欲しいと。笑 

僕らは最初にネコのための音楽を作ろうと考え、DEMOトラック作るのですが、猫と人間では音の可聴領域が違うと気づきました。人間には聴こえない高音域をネコは聴けるのです。つまり今まで聴いてた音楽は全て人間用だったという事を発見した瞬間でした。ただ、人間には聴こえない音楽で全てを構成するとほぼ無音になってしまうので、人間の聴こえる領域にプラスしてネコしか聴こえない音を入れました。「デスメタルネコ(メタル)」「ネコの流れのように(演歌)」など数曲作ってネコカフェでテストして見ました。


「猫専用動画」を猫に見せた結果…


音楽は人間と動物の壁も超えていく!と感じました。笑

ネコの反応も良かったので、京大の先生にも学術的な助言を頂きながら映像を仕上げていきました。少しダサ目の90年代風の交通ビデオというコンセプトでネコへのギミックも沢山入れ込んでいます。結果的にテレビ局も取り上げてくれて、人間界にも注目されるビデオとなったので、少しでもネコの交通事故の原因を知るきっかけになればと思います。


【猫専用動画】 #全国交通にゃん全運動


また、黒板など教育関連のツールの製造を行っている株式会社サカワさんからの依頼で、製品のプロモーション動画を作る仕事にも関わりました。
黒板全面に映すことができるウルトラワイド超単焦点プロジェクターの紹介だったので、2度目の打ち合わせじに「ワイードの歌」を作って持っていったんです。歌詞も「のびーるのびーる ウルトラワイーーード」とひたすら伸びてます。それを先方の社長がとても気に入って下さって、商品名が「ワイード」になりました(笑)。音楽ってすごいなと思いましたね。


ウルトラワイド超短焦点プロジェクタ「ワイード」PV

TeppeiKuroyanagi

オーディションは合コン、キャスティング会社は幹事。
集まってくれた人の魅力をその場で共有し合えるのも魅力


監督にとって、キャスティングとは?
オーディションでは、キャスティング会社さんがセッティングしてくれて、色々な方を集めてくれますよね。それって合コンじゃないですけど、主催者によってメンツが変わってきますし、集まった時点でその場の世界観も構築されるなと感じています。
CMの場合だと、こういう設定だからこういう人、というロジカルな部分があり、そこをクリアする人を選ぶのは前提ですよね。でも時には、みんなのイメージしている壁をさらに越えてくる人もいて、カワイイとかカッコいいだけじゃない、「なんか良く分からないけどすごい!」と思える人に出会えたりする。
で、オーディションが終わった後にクリエイティブやプロデューサーなどと「誰が良かった?」という話になりますが、結構一致するんですよね。言語化出来ない部分をみんな感じ取っていて、それを共有しあえているということで、結構嬉しい瞬間で。これはオーディションのひとつの面白さだと思っています。

ちなみに最近ではキャストと関わる分野以外にも活躍の幅を広げられていますね。
メディアアートだったり、ソーシャルデザインの分野で、広告やコンテンツ以外に関わらせていただく機会が増えています。
2019年は「つくばサイエンスハッカソン」という、研究者とアーティストがチームを組んで、それぞれの専門分野を合わせて新しいものを生み出すイベントに参加させていただきました。僕はソフトロボティクス分野の研究者の方と一緒に「Dying Robots」という作品を作りました。有機物で出来たロボットをぬか漬けして発酵させることで、日常に増えているロボットとの共生とはなにか、ロボットの生と死、アニマシー(生命感)を考察するという試みです。この研究は、学会やG20サミットで展示・発表もさせていただきました。

とても貴重な機会ですね。
僕はわりと広告的な考え方で、短期的にアイデアを広げていく仕事が多いですし、当然資本主義の中で計画的に進めて効果を出すことを念頭に置いて仕事をしていきます。
でも研究者の方は、ひたすら一点を研究して掘り下げる。僕は来月の〆切ばかり気にしているのに対して、研究者は地球誕生から46億年というスケールで物事を考えている。さらにその先までを見通して…と、スケール感もレイヤーも異なっていて、だからこそ様々な気づきがありましたね。

最後に、今後の目標や夢を教えてください。
サウナが大好きなので例えさせていただくと、サウナを出たあとのめまいみたいな、ちょっとクラっとするような映像を作りたいなって思いますね。映画館に行って、観る前と観た後で帰りの景色が違うみたいな感覚ってあるじゃないですか。サウナも、暑くて汗が出て心拍が上がるというのもあるんですけど、入る前と後では感覚が変わっているんです。それって広告とかショートコンテンツとかでも出来るのではないかと思っていて。そんな、ちょっと新しい視点が得られる様なものを作りたいなと常々思っています。

あと、実は最近『テラスハウス』にハマっているんですよ。ストーリーは字幕で追って、副音声でスタジオトークを聞くことがもう楽しくて。スタジオトークがめちゃめちゃ面白いということもあるんですが、視覚の時代から副音声の耳の時代なのかなと感じていて。移動中など屋外にいるときや、室内で作業中、家事中など、手を使っているときでも耳はわりと空いていることって多いじゃないですか。だからここ(耳)に何かコンテンツを持ってくることって有効だと思います。ながらで他のこともできますし。あと、映像なしに怖い話を聞くと怖さが倍増するように、耳だからこそ想像力が膨らむこともある。耳のARのような隙間ってまだ沢山あると思うので、そういった隙間にクリエイブを色々打ち込んでいきたいなと、テラハを見ていつも思ってます(笑)。


 
くろやなぎ てっぺい
Teppei Kuroyanagi

映像、音楽、企画、様々なフィールドで多方面で活動。 NHK連続テレビ小説「半分、青い。」オープニング映像、Mr.Childrenステージビジュアル、「デザインあ」ID映像など。「映像作家100人」選出。またライフワークとして「あいうえお作文RAPプロジェクト」を企画。 芸術分野では文化庁メディア芸術祭、アルス・エレクトロニカ、SIGGRAPHを初め、国内外のメディアアートフェスティバルに 多数参加。またアートバンド1980YEN(イチキュッパ)を食品まつりと共に旗揚げし、音楽、映像、美術、インターネットを ミックスした独自のスタイルで活動。P.I.C.S. management所属。
Web site : https://www.nipppon.com/
P.I.C.S site : https://www.pics.tokyo/people/teppei-kuroyanagi/



<受賞歴>
文化庁メディア芸術祭エンターテイメント部門 審査委員会推薦作品/2019
文化庁メディア芸術祭エンターテイメント部門 審査委員会推薦作品/2016
Bang Festival (スペイン,バルセロナ) グランプリ受賞/2014
Asia Digital Art Award 優秀賞受賞/2008
Amuse Art JAM 2007 グランプリ受賞/2007
文化庁メディア芸術祭アート部門 審査委員会推薦作品/2007
CG&アニメーション・フェスティバル 優秀賞受賞/2007
Adobe モーションアワード 審査員特別賞 /2006
ルーフェンス国際短編映画祭入選 /2006
ロサンゼルス国際短編映画祭入選/2006
シーグラフ2006 アートギャラリー入選/2006
UNIQLO CREATIVE AWARD 2005 トップセレクション/2005
MTVステーションIDコンテスト 審査員特別賞/2005
日本タイポグラフィー年鑑2005 入選/2005
SKIPCITY国際Dシネマフェス 短編映画部門入選/2004
10th Asian Film and Culture Festival(フランス) Best short film/2004



<グループ・エキシビジョン>
G20サミット/ つくば市 /2019
六本木アートナイト / ミッドタウン /2017
文化庁メディア芸術祭 / 国立新美術館 / 2016
ヨコハマトリエンナーレ2011 / 特別連携プログラム新・港村 /2011
アーツチャレンジ2010 / aichi arts center/2010
The next of Japan / DOOSAN ART CENTER / ソウル,韓国 /2009
アルスエレクトロニカ / リンツ,オーストリア / 2008
文化庁メディア芸術祭 / 東京写真美術館 / 東京,日本 /2007
日本の表面張力 / AD&A gallery / 大阪,日本 /2007
シーグラフ2006 / アートギャラリー / ボストン,アメリカ / 2006
アルスエレクトロニカ / リンツ,オーストリア / 2006