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Director

商品以外の何かを描きたい
それがCMを作る上での野望

八木敏幸
Toshiyuki Yagi

プロデューサー兼ディレクターを経て36歳でCMディレクターに


八木さんのご経歴をお伺いさせてください。
TCJ(大阪)時代はプロデューサーをしていました。ただ、予算が少ないときは自分で演出もして、要は「プロデューサー兼ディレクター」というポジションを自分自身で作ってしまったんですね。すると「アイデアが面白い」「安っぽい出来が逆にいい」と喜んでもらうようになり、3年程兼業でやっていました。
たしか最初に手掛けたのは、大阪にあるテーマパーク「ひらかたパーク」。まさにプロデューサー兼ディレクターとしてサウンドロゴも自分で作ったほどです。そのうちに企画をしたりコンテ書いたりということに力を入れるようになって、演出家一本で生きて行くことを決めました。

独立されたのはいつでしょうか。
36歳なので、かなり遅いと思います。それでも現場ではみんな先輩で何も言えなくて、「よーい、スタート!」ではなく「スタートお願いします」みたいな感じでしたから。ADの経験もなく独学なので、色々な作品を見たり、実際に作って行きながら、失敗しながら学んでいくしかないようなところがありました。
独立した後は運よく東京のクリエイティブから声をかけてもらい、東京と大阪を行き来していました。当時の飛行機の半券が残っていて、数えたら1年間で116枚もありました。


スタイルは“関西と関東のハイブリッド”


八木さんのCMを見てこの業界に入ってくる方も多いですが、そのアイデアはどうやって出てくるのでしょうか。
関西で演出としての人生をスタートさせたというのが根底にあります。関西のCMは目立つ、笑える、連呼型が中心で、お笑いなら間違いないというか、まさに「オチはないんかい」文化で、吉本新喜劇的ギャグCMがメインストリームでした。
でも、そこの部分の演出家はひしめき合っていて、同じ場所で勝負していては食えない、違う路線で攻めようとは思っていました。 一方、東京のクリエイティブの人たちは関西のCMを見て「自分たちには真似できない」「タブーに挑戦していてすごい」「面白いものを作りたいけど、ここまでは責められない」と感じていたようです。
その点僕が作っているCMは、例えるなら「関西の料理だけど味は関東風」で、これなら受け入れられるというラインだったみたいです。関西と関東のハイブリッドですよね。そこの温度感がマッチしたようです。


ホットペッパー(クーポンマガジンシリーズ「食べました」他/2002年)のCMはまさに関東と関西のテイストが融合した作品のように思います。
一緒に仕事をしたディレクターの山崎隆明さんは、キンチョールのCMを手掛けるなど、要は関西血中濃度が高い方。お会いした時に「僕はコテコテなものは作りませんよ」とお伝えしたところ「絵はちゃんと撮ろうよ」となり、言葉・音を山崎さんに担当してもらいました。


当時、あれは映画にアテレコしていると思った人が続出だったのではないでしょうか。
私たちとしても映画を借りたかったんですけどそれが実現できなくて、仕方がないので台詞が決まっていないままロスまで撮影に行きました。日本に帰ってきて繋いで、いくつか仮編が出来た時点で山崎さんが一人でブースに入って延々と台詞のアイデアを話し続ける(笑)。800テイクとか平気で超えていましたから。


ちなみに、八木監督の中の関西の血中濃度は(笑)?
東京が長くなってしまったので感覚としてはこちらですが、関西人の笑いの「間」というのはあるかもしれません。ツッコむのが早いか遅いかというスピード感だとか、編集をやってそこで2フレ空けたほうがいいなみたいなといった「間」は意識していますね。ちょっとタイミングをずらしただけで笑えるか笑えないかが変わるので。


僕のメッセージと商品とが細い橋で結ばれているのが理想


トヨタの「ReBORN」やサントリー「BOSS」、サッポロ「サッポロ生」など日本を代表するような企業のCMを作っていらっしゃいますが、そういったは作品にはどんな想いがありますか?
CMというと商品のためのもの、商品を表現するものだと考えがちです。でも、僕が消費者ならそれだけでは心が動きません。それ以外の部分で人の心をひきつけないといけない。
CMは15~30秒ですが、その短い時間の中で笑ったり感動したりと、見た人の心を動かして影響を与えられるものを作られたらいいなと思います。それが時代性であったり、誰かの心の移り変わりであったり、あるいは人生など、広告を利用して商品以外の何かを描きたいといっても過言ではないのです。商品を知らせる前に別のことをメッセージとして入れ込みたい。それがCMを作る上で毎回抱いている野望です。


その意味では、ダスキンの企業CM「茶柱篇」はまさに商品以外を描きながらもメッセージが込められている作品ではないでしょうか。おじいちゃんとおばあちゃんが幸せそうで、見ていて心地よくなれる、とても好きなCMです。
各方面からも評価を頂き、私も転機になった作品です。ダスキンという企業と茶柱は何の関係もありませんが、関係ないものを描きながらもそこと商品が細い橋で結ばれているみたいなテクニックを入れることが、僕としてはやりがいがあることです。CMを見た時に引っかかってほしいですし、CMという場で別のものを描けると面白いと思っています。
ダスキンのCMはクライアントさんからも大満足で、第二段、第三段と発展しましたから。


キャスティングではその人の“見える化”をする


こういったタレントではないケースについて、八木さん流のキャスティング方法はありますか?
ノンタレでやる場合は役を見る幅が広くなります。「いるよね、こういう人」、というところから「うーん、いるかなあ?」みたいな感覚まで色々あるんですけど、選び方としてはリアリティを追求して、見る人に共感を持って欲しいので、その人の“見える化”みたいなものはしますね。


納得のいくまで何度もオーディションをするということをお伺いしましたが、納得するポイントというのはどこなのでしょうか。
最終選考で2-3人残したとして、ともすれば最後の決め手となるのは好きか嫌いかになってしまうかもしれません。好きか嫌いかというのは、台詞を言ったりするときの言い方や仕草、立ち居振る舞いのようなものが、僕の心に響くかどうかということ。そういう人が見つかるのが理想です。


八木敏幸
Toshiyuki Yagi
演出
大阪出身。TCJ大阪を経て、1997年よりフリー。

受賞歴
ACC演出賞、ADC賞、佐治敬三賞、ニューヨークADC賞、ロンドン国際広告賞ほか、多数。